· 

製品拘りポイント② 音質優先で決めた筐体の形状と仕上げ

 今回は製品のこだわりポイント②として、筐体の形状や表面仕上げについてご紹介します。

 

形状や表面の状態でも音質は変わる

 前回は、音質を考える上で、回路と同様に筐体も非常に重要な要素と考えていることをお話しました。さらに、これまでの経験から、素材やサイズのみならず、形状や表面の仕上げも大切で、「Reference35」でのこだわりをご紹介したいと思います。

 表面の仕上げについては、「Reference35開発ストーリー・量産想定1号機がまさかの事態に」でご紹介しました通り、比較的早い段階で試作による検討を終えていました。角をR形状に、表面を梨地にすると、量産時に不可避なキズが目立ち難く歩留まりが良いというメリットがあります。しかし、試作で音質を確認すると、R形状は曲率が大きくなるほど音の立ち上がりが鈍り、R2.0mmはどうしようもないレベルでした。表面処理による違いは、見た目のイメージに近い印象です。梨地は見ての通り光沢がありませんが、音も艶消し写真のような印象。光沢写真とくらべてダイレクトなインパクトが伝わりにくく鮮度が落ちた印象。我々が目指す、生命の躍動感が感じられる伸びやかな音とはかけ離れてしまいます。PNA-RCA01で実現した、クリアコート処理の伸びやかな音とも大きく異なるものでした。一方で、切削後の真鍮をハブ研磨で鏡面に仕上げると、こんどは表面を細かいサンドペーパーで磨いたかように音も表面がツルツルしてしまって感動が伝わってこない。これもダメでした。このような検討過程を経て、「Reference35」では、旋盤切削時の刃物跡が残っている状態がベストと判断しました。最終的には、メッキが切削痕を埋めるように付いて、概ね鏡面のように見えますが、間近で凝視すると、痕跡を見ることができます。

 

【写真】初期の試作品。歩留まりを意識して、角をR形状に、表面を梨地に。音の違いは予想できたため、R1.0mmR1.2mmR2.0mmの三種を作成。

【写真】角がR形状だと音質面で納得できなかったため、追加で左の3個を試作。写真左から面取り無し、面取り0.1mm(面取り無しに近い)、面取り1.0mmR形状よりは音質は理想に近づいたものの、美観として角の欠けが目立つことと、音質面でも梨地は理想に届かないと判断。右端は旋盤専門の熟練職人が手作りする別工場で試作したもの。鏡面を目指して手作業によるハブ研磨までしたものの、音質面ではまた別の問題が発生。最終的には刃物の痕を残すなど微調整を繰り返して完成に至りました。(最終品は以下写真の通り)

【写真】左が真鍮切削後の状態。酸化による変色が見られますが、表面にヘアラインのような筋が確認できると思います。右はメッキ後の状態。鏡面に近いですが、よく見ると刃物の痕がご確認頂けると思います。これが最終品(量産品)です。

 因みに下地メッキは、一般的なニッケルではなく、DRCSZ、三元メッキとも呼ばれる「Cu-Zn-Sn」(銅-亜鉛-)メッキを採用しています。オーディオで使われる高リン無電解ニッケルメッキは非磁性ですが、ニッケル自体は磁性材料で、結晶構造の変化によって磁性が中和されている状態と言えるでしょう。銅、亜鉛、錫は素材そのものが非磁性で、オーディオ用途に適すると考えられます。また、ニッケルメッキはアレルギーを引き起こしやすいことが知られていますが、「Cu-Zn-Sn」メッキは比較的アレルギーリスクが低く、アクセサリーや医療器具にも使われています。筐体は手で触れることも多いので、「Cu-Zn-Sn」メッキはより安心ですし、表面は端子と色味を合わせるために、金フラッシュメッキ仕上げとしました。

 

レーザーマーキング

 試作品や個人の工作であれば気にしなくて済む部分ですが、製品となるとブランドや型番などを入れる必要があります。小ロット生産の場合、低コストを重視するとシールを貼り付けるのが手っ取り早いですが、楽音倶楽部製品が手掛ける製品ではありえない選択の一つです。薄いシール1枚でも、音色が変化してしまうためです。ユキムPNA-RCA01PNA-LAN01のように印刷の場合は、デザイン的な装飾を最小限にし、印刷面積が小さくなるよう配慮しました。「Reference35」は当初シルク印刷を予定していましたが、定着させるために高温で加熱すると、金フラッシュメッキが薄くなってしまうという問題が発生したため、最終的に高コストながらレーザーマーキングを選択しました。動機は製造都合によるものでしたが、印刷でインクを乗せるよりも、レーザーマーキングの方が、音質面で幾分有利と言え、結果としては良い方向だったと考えています。

【写真】「Reference35」実物。ブランド名とモデル名をレーザーマーキングで実施。メッキの厚さやレーザー出力には誤差があるため、ロットによって文字の色が若干のブレが生じますが、音質を優先した結果としてご了承いただければ幸いです。

 

表面のキズについて

 梨地を選択せず、鏡面に近い仕上げとなったことから、どうしてもキズが目立ってしまいます。もちろん、全行程で丁寧に扱うよう心掛けていますが、切削後に量産用設備によるメッキやレーザーマーキングといった工程があり、キズをゼロにすることはできません。音質を最優先した結果として、ご了承のほどお願い申し上げます。

 

 

次回は、いよいよ最終回です。回路構成と音の傾向などについてお話しますので、お楽しみに!